引用元:【ゲーム】PS・サターンハード戦争、『バイオハザード』が大きな一手 ゲームが映画になった日 ★2
1996年3月22日にカプコンから発売された『バイオハザード』は次世代機「プレイステーション」の性能を生かした、当時としては極めてハイレベルな画像と鮮烈な演出で人気作となりました。「プレイステーション」と「セガサターン」による次世代機戦争に大きな影響を与えた本作は多くの続編が作られ、ミラ・ジョヴォヴィッチ主演による映画も好評を博しました。
1996年初頭、次世代ゲーム機「プレイステーション」と「セガサターン」の争いは、1995年末に3D対戦格闘ゲーム『バーチャファイター2』を投入した「セガサターン」が若干優勢となっていました。当時の『バーチャファイター2』の人気は大変なもので、多くのゲームセンターには対戦台がずらりと並べられているにも関わらず、それ以上の数のゲーマーが列を作るほどの活況を呈していました。当然、セガサターン版も売れに売れていたのです。
しかしながら1996年2月、スクウェア(現:スクウェア・エニックス)が『ファイナルファンタジーVII』を「プレイステーション」で発売すると発表し、大きく流れが変わります。さらに3月、カプコンが発売した『バイオハザード』は次世代機の性能を存分に生かした美麗なグラフィックと演出を見せつけ、新たな世代のゲームとはこういうものだと多くの人に強烈な印象を与えて、次世代機戦争の流れを「プレイステーション」側に傾けました。
筆者自身は両ハードを所有していましたが、どちらかと言うと「セガサターン」派だったので、『バイオハザード』はしばらく様子見していました。しかし周囲の人間が口々に「『バイオハザード』はすごい!」と絶賛するので、それほどすごいのなら見てみようと思い、当時アルバイトしていたコンビニで購入してみたのです。
まず目を奪われたのは、ゲームのキャラクターが実写で登場するムービーでした。これほど良い画質の映像は、かつてのゲーム機では絶対に観ることはかなわないものだったのです。
中略
一通り『バイオハザード』をプレイし終えた筆者は、まるで自分が映画の主人公となって生き延びたような感覚を覚えました。最近は参加者が現実で自ら主人公となって謎解きやミッションをクリアしていく体験型ゲームがあちらこちらで遊べるようになっていますが、これを家庭用ゲームで20年以上前に実現していたのが『バイオハザード』なのかもしれません。
その後の『バイオハザード』の広がりはすさまじいものです。続編として無数のゲームが今なお発売され続けており、息の長い人気シリーズとして定着しています。2002年にはミラ・ジョヴォヴィッチ主演の映画も公開され、オリジナルストーリーでありながら見事に『バイオハザード』の世界観を反映した作品に仕上がっています。こちらも人気作品となり、全6本が製作されました。ゲーム本編の最新作は2017年に発売された『バイオハザード7』ですが、先日情報が公開された「プレイステーション5」で最新作が登場するのではないかと筆者は期待しています。
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★1が立った日時:2020/03/22(日) 11:52:42.73
【ゲーム】PS・サターンハード戦争、『バイオハザード』が大きな一手 ゲームが映画になった日
http://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1584845562/
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プレステ2のDVD機能に潰されたドリキャス
PS2のDVD再生機能は
VHSからの過渡期にあれは強かったと思う
まだ再生環境なかったお家もあっただろう
まだあの頃映像作品はVHSとDVDの両方で販売されていたが保管するにしてもVHSのかさばる度ヤバいってのは考えものだった
実写ムービーを良い画質って
これ書いてる奴レベル低い
FF7の影響が大きかったのは間違いないが
バイオハザードもかなりPSの売り上げに貢献したと思う
俺はバイオやりたくて購入したし
同時期のエネミーゼロが面白いゲームだったらまた状況違かったと思わん?
あのハードウェア戦争から四半世紀たったのか
儂もジジイになるわ
そりゃ決まったのはFF7だけど
バイオと鉄拳が出たあたりでPSに傾いてた
バイオ・鉄拳3で大きく傾いた感じ。
FF7で決定打でDQ7で死亡確認。
鉄拳はそこまででもなくね?
DQ7のPSでのリリース情報が出た頃は既にPS>>>SSで大勢に影響なし
そしてDQ7が出た頃は既にPS2とDCの争いに移行してた
バーチャ、セガラリー、デイトナ、バーチャコップ、バーチャロン、サカつく、シャイニングフォース、パンツァードラグーンなどなど十分元は取ったわ
忠告するなら夢見館を定価で買う前にしろってんだ
当時PC-fx買って周りから異端児扱いされたわ
まだ64の方が印象に残ってる
シューティングゲームも
孤高という形容がよく似合うゲームだった
操作難しくて中学生になって初めてクリア出来たわ
あとレイヤーセクション、ダライアス、ヴァンパイアハンター等の2D物
最高のハードだったよ・・・
まあ思わずガッツポーズしたのは深夜にFF7始動のCM見た時だけど
開発中のキャラクター図面が映ってるCMだっけ、あれも覚えてるなぁ
何でソニックを使わなかったのか・・・
アメリカセガはセガの敵だったから
南北アメリカはまだまだメガドライブで戦えるって判断をドリームキャストが出た後でもしてたからな、アメリカセガ
x32のwiki読んだが意味不明すぎたw
セガヤバすぎ
慣れてきた頃にハンターに首取られるんや
ゲームの進化に関しては合わせてD食の話入れるでしょと
触れずに置くほどマイナーゲームでもないのに
そんなビビりなのに3がやりたくて数日前からまた2始めた
でもやっぱりタイラント出てきたところでまた止まってるw
まったく一緒だわw
頑張ってマップをクリアにして落ち着いて探索することに楽しみを見出してるから、エンドレスに追いかけ回される恐怖はほんとビビリにはしんどいw
しかも自分はわざわざ規制無い海外版買ったのに怖くて放置してます(´・ω・`)
当時小学生でNINTENDO64を遊んでた世代なら
30代前半だろうけど
キッズ64世代からしたら明らかに情勢変わったと感じたのはちょっと遅れてからかな
子供からしたらFF自体そこまで関心高いソフトじゃ無かったから、
FF7が特別話題になったと言う訳でも無かった
97年だったらまだ64からソフト出てたし
FF8が当時の時代からしたら考えないとんでもないグラフィックのソフト出して、
テイルズだとかがボイスガンガン入れたソフト出し始めて、
64のソフト枯渇が起き始めたくらいからさすがに悟り始めたけど
そりゃあんたが任天堂信者なだけだよ
数百万人のFFユーザーはPS買うことに全く迷いなかったよ
バイオハザード2でROMの限界を悟ったキッズも
多かったんじゃないかな?
ロード時間うぜーって言ってる奴も多かったぞ
バイオ2も当てはまるだろうな
ウイイレが本格的に普及し出したのも98年くらいだし、
大体その辺りで子供にも分かって来た感じだと思う
その時代までは、ショルダータックルかけてぐきっと音鳴らして転がしてもノーファールだったりあれはあれで面白い
起動が早いとか読み込みがないとかROMカートリッジ
のメリットも大きいのにそっちで勝負出来なかった
ソフトが揃わないんだからどうしようもない
今思えば「直観的な操作」が売りって事なんだろうけど、
そこをイマイチ伝える事が出来なかったのかもなぁ
確かにゴールデンアイとか上手く行った作品もあったけど
パワプロとかも3Dスティックで操作出来る64版の方が評価される傾向にあったよな。当時は
いかんせんRPG全く出ないのはやりすぎ
スクウェアに拝み倒してマリオRPG2作る事とか出来なかったのか
サードを呼びつけて説明会はやったらしい
当時の記事を見ると価格設定があり得ないけどね
当時の任天堂が原価割れでハードを出すわけがない
のに後のメガCD2並の超低価格
ぼくのこと呼んだ?(`・ω・´)