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真田広之、ブレない日本人俳優としての誇り 国宝級の渋さ

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引用元:【映画】真田広之、ブレない日本人俳優としての誇り [フォトギャラリー]国宝級の渋さをご堪能あれ
1: muffin ★@\(^o^)/ 2017/07/09(日) 12:28:05.53 ID:CAP_USER9.net
https://www.cinematoday.jp/news/N0092782
https://www.cinematoday.jp/gallery/E0011605
2017年7月9日 12時04分

未知の宇宙生命体に遭遇した飛行士たちの恐怖を描くハリウッド製SFホラー『ライフ』に、ジェイク・ギレンホールらとともに出演し、ハリウッドの日本人俳優として存在感を示している真田広之が、アメリカでの俳優業について語った。

ロサンゼルスに拠点を移して以来10年以上にわたり、ハリウッドで勝負し続けている真田。
彼のもとには多くの出演依頼が舞い込むが、食指が動く作品は多くないという。「 『これ誰が観たいんだろう?』と思うような映画もあるし、自分が参加する意味がまったく感じられないものもあります」とリアリティーのない企画も多く存在するという。
中には、日本人の描かれ方が時代錯誤的だったり、誤解されていたりすることもあるようで、「極端にひどい場合は、さすがにお断りします。脚本を読み、そこに可能性を感じても、それがどういうビジョンで描かれるのか? ということも重要です」と確固たる信念を持って、作品選びをしていると語った。

 そういう意味では、本作は幸運な出会いだったと言える。企画に興味を抱いた彼は、ダニエル・エスピノーサ監督と面会し、その場で握手を交わし、出演を決めたという。
「監督とは最初にSkypeで話をして、その後に監督のいるロンドンに飛んで話をうかがいました。彼のオフィスに貼られていた絵コンテやデザイン画、セットの模型を見せてもらいました。その確かなビジョンやリアリティーへのこだわりに、質的な勝算が見えました」と出演を決めた経緯を明かした。

普通は一旦時間をおいてから、エージェントを通して出演契約を結ぶものだというが、本作に関しては、「監督にも熱意があり、僕にもやる気があったので、面倒な手続きは取っ払ってしまえ! とその場で決めた」という、非常に珍しいケースだったと明かした。

ハリウッドでは多様性が重んじられているが、実際に作られている映画は白人を主人公にしたものが圧倒的に多い。
日本人俳優の居場所も決して多くはないが、それでも状況は好転しつつある。「ハリウッドに飛びこんだとき、そこは日本人にとって狭き門でした。僕としては、日本人が当たり前のように現場にいる環境を作りたいという願いがありますが、少しずつそうなっている気がしています」とハリウッドの現状を語った。

というのも、昔は日本人キャラクターが登場するなら大雑把なくくりでアジア人の役者が採用されたが、最近ではきちんと日本人の役者を採用すべきだと考える製作側の人間が増えてきたという。
事実、本作でも真田演じるショウ・ムラカミ役は日本人で、宇宙服にはしっかりと日本の国旗が付いている。
そんな環境になりつつあるからこそ、「仕事を受けたときは応えないといけないし、応えることによって枠が広がれば後輩が出てきやすくなる。そういう意味でも一作一作が大事」だと言い、それがハリウッドの日本人俳優の未来につながるという彼の言葉には、日本が誇るハリウッド俳優の熱い想いが感じられた。(取材・文:相馬学)

映画『ライフ』は全国公開中

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真田広之

真田 広之(さなだ ひろゆき、1960年〈昭和35年〉10月12日 - )は、日本の俳優・歌手。本名は下澤 廣之(しもさわ ひろゆき)。芸名は千葉真一による命名。子役時代は本名を新字体で表記した下沢 広之 (しもさわ ひろゆき) の名で活動し、再デビュー後は真田 宏之名義の出演もある。東京都品川区大井出身。身長170cm、血液型はA型。ザ・リブラインターナショナル所属(海外ではAxon Entertainmentと業務提携している)。 堀越高等学校、日本大学芸術学部映画学科卒業。学位は芸術学士。MBE(大英帝国勲章第5位)受章。日本国内と日本国外の映画・テレビドラマ・演劇・CMと幅広く活躍している。 来歴・人物 子役時代から再デビューまで 同じマンションに住んでいた高田浩吉の息子と遊んでいたところを芸能関係者にスカウトされ、幼児向け雑誌のモデルなどを経て、5歳で劇団ひまわりに入った。
wikipediaより

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干されたリチャード・ギアが見せた気骨 自主製作作品で自身の過去最高の評価

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引用元:【映画】干されたリチャード・ギアが見せた気骨 自主製作作品で自身の過去最高の評価
1: アブナイおっさん ★@\(^o^)/ 2017/07/05(水) 21:27:28.85 ID:CAP_USER9.net
 「リチャード・ギア最高の演技」(NYタイムズ)と、全米メディアがこぞって絶賛しているのが、4月に公開された主演作「ノーマン」(原題)。
 続く5月公開の「ザ・ディナー」(原題)も好評で、ギアの「立てつづけの勝利」に、留飲を下げた映画評論家も多いのでは。

 というのも、彼は数々の反中国発言で、かの国からにらまれ、「チャイナ・マネーに頼るハリウッドから干されている」と報じられたからだ。
 窮地のギアが、インディペンデント(自主製作)作品で自身の過去最高の評価を受けるのは皮肉な話だが、映画ファンにはうれしいニュースだ。

 「アメリカン・ジゴロ」「プリティ・ウーマン」「シカゴ」など数々のヒット作で知られるスターで人権活動家のギア。反中国の姿勢が公然となったのは、
1993年のアカデミー賞にプレゼンターとして登場し、用意されたスピーチを無視して中国のチベット民族迫害を批判した時。政治的すぎると非難され、授賞式から出禁になった。

 しかしダライ・ラマと親交の厚い仏教徒のギアは、めげずに北京五輪のボイコット運動など人権活動を続けてきた。

 そのため中国は彼を敵視。「中国人監督と打ち合わせ後、監督にある筋から電話が入り出演がドタキャンになったことも」とギアは雑誌のインタビューで明かしている。
もし従わなければ監督と家族は二度と中国から出られず、監督は職を失うことになっただろうという。

 米国に次ぐ興行成績世界第2位の映画大国の中国は、数年後には米国を追い越すとも。中国資本の大量投下で、ハリウッドはギアの起用を拒絶する中国の意向に従わざるをえないようだ。

 中国が過去最大の巨費を投じた映画「グレートウォール」に大物マット・デイモンが主演するなど、蜜月度は増す一方だが、それもあちら好みの大作の話と言える。

 「長年働いてきたおかげで、今、好きな映画が作れる」とギアはインディーズ作品に入れ込む。
前出の「ノーマン」はNY生まれのイスラエル人、ヨセフ・シダー脚本・監督作品で、NYのフィクサーを描く政治コメディー。
「ザ・ディナー」はギア演じる政治家と、高校教師の弟との確執を描くスリラーだ。

 今年67歳とはいえ、まだまだセクシーなギア。小品ながら大人の心をつかむ2つの秀作に、彼の気骨を感じた。 (板垣眞理子)

http://news.livedoor.com/article/detail/13290560/

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リチャード・ギア

リチャード・ティファニー・ギア(Richard Tiffany Gere, 1949年8月31日 - )は、アメリカ合衆国の俳優。ペンシルベニア州フィラデルフィア出身。アイルランド系。 アングロ・アイルランド系の両親のもとに生まれる。 父のホーマー・ジョージ・ギア(Homer George Gere)は、Nationwide Insurance Company の保険業者だった。母のドリス・アンナ・ティファニー(Doris Anna Tiffany)は主婦である。ギアには、姉スーザンなど3人の姉妹、1人の兄弟、及び異父母兄弟(ドイツのHenry Januszewski)がいる。 1967年、ノースシラキュース・セントラル高校(ニューヨーク州・シラキュース市)卒業。マサチューセッツ大学で哲学を学んでいたが、中退して俳優を志した。舞台で活躍し、1975年に映画デビュー。 私生活 1991年にはスーパーモデルのシンディ・クロフォードと結婚したが1995年に離婚。
wikipediaより

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“激太り” 柳楽優弥を変えたきっかけは故・中村勘三郎の言葉「君は見栄えが悪いから、俳優辞めなさい」

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引用元:【芸能】“激太り” 柳楽優弥を変えたきっかけは故・中村勘三郎の言葉「君は見栄えが悪いから、俳優辞めなさい」★2
1: ニライカナイφ ★@\(^o^)/ 2017/07/05(水) 07:57:55.51 ID:CAP_USER9.net
2週にわたり放送されるスペシャルドラマ『ゆとりですがなにか 純米吟醸純情編』でのコミカルな姿や、映画『ディストラクション・ベイビーズ』で見せたバイオレンスな演技まで見る人をくぎ付けにする俳優、柳楽優弥。
彼は2004年、14歳の時に出演した映画『誰も知らない』でカンヌ国際映画祭・最優秀男優賞を史上最年少で受賞し脚光を浴びた一方で、突然の激太りで世間を驚かせたこともある。
それ変えるきっかけになったのは、2012年に亡くなった18代目中村勘三郎さんの言葉だったという。

3日に放送された日本テレビ『深イイ話&しゃべくり007』にゲスト出演した柳楽優弥。
普段なかなかバラエティに出演しない彼の登場というだけあって、番組では「俳優なのに○○」と題して彼の知られざるパーソナリティについて触れられた。

柳楽といえば若干14歳でカンヌ国際映画祭の最優秀男優賞を受賞、一気に実力派俳優として脚光を浴びたものだ。
しかし一方で2008年に薬物の過剰摂取で救急搬送されたり、20歳前後では激太りしたりと世間を騒がせたこともある。
一時の“激太り”について柳楽は「ご飯を食べ過ぎた」と明かし、精神的なストレスが原因だったと語った。

現在は見事にスリムな体型を取り戻した柳楽だが、そのきっかけになったのは2012年に亡くなった中村勘三郎さんの一言だった。
2人は普段から接点はなく直接かかわったのは1回きりだったそうだが、柳楽は勘三郎さんにはっきりとこう言われたのだ。

「君は見栄えが悪いから、俳優辞めなさい。」

初めて対面した相手に突然そのような言葉を投げかけるのは失礼なようにも思える。
しかし勘三郎さんには、柳楽に伝えたい何かがあったのかもしれない。

そして柳楽もこの言葉を「本当にありがたい」と受け止め、ダイエットを決意。
ボクシングなどスポーツに汗を流し、2〜3か月で20キロの減量に成功したという。

その後の柳楽は、様々な映画やドラマ、CMに出演し再び実力派俳優として活躍している。
今年はNHK大河ドラマ『おんな城主 直虎』などすでに3本の連続ドラマに出演しており、今月14日に公開される映画『銀魂』や2018年公開の『散り椿』にキャスティングされるなど絶好調だ。
順風満帆に見える柳楽の役者人生だが、その裏には勘三郎さんからの“人生を変える一言”があったのだ。

写真:no title

http://www.excite.co.jp/News/entertainment_g/20170704/Techinsight_20170704_400433.html
http://www.excite.co.jp/News/entertainment_g/20170704/Techinsight_20170704_400433.html?_p=2

★1:2017/07/04(火) 19:28:41.43
http://hayabusa9.2ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1499164121/

柳楽優弥

柳楽 優弥(やぎら ゆうや、1990年3月26日 - )は、日本の俳優。東京都東大和市出身。スターダストプロモーション所属。 2002年に「友達が所属していて楽しそうだった」という理由で芸能事務所入りを希望。スターダストプロモーションに応募する。映画『誰も知らない』が初オーディションだったが、監督の是枝裕和に「目に力がある」と主役に抜擢された。この『誰も知らない』が子役としての最初の活動となるが、撮影に1年かけ、公開はさらに1年経ってからだったため、メディアに出たのは本田技研のCMやドラマ『クニミツの政』の方が先となった。 その主役を演じた映画『誰も知らない』が2004年、第57回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品され、当時14歳で史上最年少で男優賞を受賞した。柳楽は学校の定期試験により先に帰国していたため、授賞式は監督の是枝が代理で出席している。このニュースを機に一躍有名になり大いに話題を呼んだ。また、同年8月25日に「文化関係者文部科学大臣表彰」を授与され、同10月5日の『TIME』誌アジア版では「2004 Asia's Heroes」に選出された。
wikipediaより

中村勘三郎 (18代目)

十八代目 中村 勘三郎(じゅうはちだいめ なかむら かんざぶろう、1955年(昭和30年)5月30日 - 2012年(平成24年)12月5日)は、歌舞伎役者、俳優。本名は波野 哲明(なみの のりあき)。屋号は中村屋。定紋は角切銀杏、替紋は丸に舞鶴。舞踊名に藤間勘暢(ふじま かんちょう)がある。 子役時代から46年間名乗った前名、五代目 中村 勘九郎(ごだいめ なかむら かんくろう)としても知られた。愛称は本名からきた「のりちゃん」。 所属事務所はファーンウッド。 歌舞伎役者としては江戸の世話物から上方狂言、時代物、新歌舞伎から新作など、幅広いジャンルの役柄に挑み続けたことで知られた。コクーン歌舞伎や平成中村座を立ち上げ、渡辺えりや野田秀樹、串田和美などといった現代劇の劇作家、演出家らと組んで、古典歌舞伎の新解釈版や新作歌舞伎の上演に取り組んだり、地方巡業や海外公演も精力的に行うなど、その演劇活動は常に進取的であった。
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松重豊が好きなんだがこの人の出てる映画でおすすめ無いかな

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引用元:松重豊が好きなんだがこの人の出てる映画でおすすめ無いかな
1: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/07/02(日) 16:52:52.345 ID:+CsNVZK50.net
ユリイカとディアドクターは見たんだ

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松重豊

松重 豊(まつしげ ゆたか、1963年1月19日 - )は、日本の俳優である。福岡県出身。身長188cm、体重77kg、靴のサイズは28.0cm。血液型はAB型。西南学院高等学校卒業、明治大学文学部文学科卒業(演劇学専攻)。所属は東京サンシャインボーイズ、蜷川スタジオを経て、現在はザズウ。 1982年4月、明治大学文学部文学科に入学し、演劇学を専攻する。当初は映画や演劇を製作する側を目指していたが、状況劇場、天井桟敷などの舞台を数多く観劇する中で演技に感動し、自らも俳優をめざすようになる。1983年、新宿にあった小劇場「スペースデン」にて初舞台。その後、同学在学中を通じて、三谷幸喜が主宰していた東京サンシャインボーイズの作品に参加する。 1986年3月、大学卒業と同時に蜷川幸雄が主宰する劇団「蜷川スタジオ」に入団。1989年、蜷川スタジオを退団。その後はフリーで国内外の舞台、テレビドラマ、映画、Vシネマ、CM、ナレーションなどに多数出演する。困窮から嫌気がさし、1年以上にわたり休業した時期があったが、同じ蜷川スタジオにいた俳優の勝村政信や所属事務所有限会社ザズウ社長の松野恵美子に激励されて復帰した。
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ジョニー・デップの代表作は海賊映画という風潮

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引用元:ジョニー・デップの代表作は海賊映画という風潮
1: 風吹けば名無し@\(^o^)/ 2017/06/30(金) 08:09:23.54 ID:iw40jjrKM.net
他にないんか

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ジョニー・デップ

ジョン・クリストファー・"ジョニー"・デップ2世(英: John Christopher "Johnny" Depp II、1963年6月9日 - )は、アメリカ合衆国の俳優、ミュージシャン。 日本ではジョニデと略されることもある。 生い立ち ケンタッキー州オーエンズボロにて、土木作業員の父・ジョン・クリストファー・デップとウェイトレスの母・ベティ・スー・パーマーとの間に生まれる。4人兄妹の末っ子で9歳上の兄ダン、7歳上の姉デビーと2歳上の姉クリスティーがいる。フランス人、アイルランド人、ドイツ人、チェロキー族の血を引く。クリーク族の血を引いているとも言われている。 家庭の事情で頻繁に転居を繰り返し、7歳の時にフロリダ州ミラマーに定住。1978年に両親が離婚。子供時代はストレスのために自傷行為を繰り返したという。12歳で酒を飲み始め、14歳の頃からドラッグに手を染めるなど、どん底とも言える青年時代を送った。しかし、親友との死別をきっかけに足を洗う事を決意。16歳の時に高校を中退しミュージシャンとしてのキャリアをスタートさせる。
wikipediaより

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