引用元:【訃報】「ゴジラ俳優」スーツアクター・中島春雄さん死去 88歳…12作品に出演
1: かばほ〜るφ ★@\(^o^)/ 2017/08/08(火) 11:35:33.08 ID:CAP_USER9.net
「ゴジラ俳優」スーツアクター・中島春雄さん死去 88歳…12作品に出演


1954年の映画「ゴジラ」で、初代ゴジラを演じたスーツアクターの
中島春雄(なかじま・はるお)さんが7日午後、肺炎のため亡くなったことが分かった。
88歳だった。山形県出身。

中島さんは25歳の時に、日本初の特撮怪獣映画「ゴジラ」で、主役のゴジラのスーツアクターを務め、
その後18年、12作品にわたり、ゴジラシリーズでゴジラを演じた「ゴジラ俳優」として名をはせた。

71年「ゴジラ対ヘドラ」の出演後、42歳で東宝から専属契約解除を言い渡され、
東宝系列のボウリング場勤務に。翌年公開の「地球攻撃命令 ゴジラ対ガイガン」で、
特撮スタッフらの声かけによって再びゴジラを担当したが、この作品を最後にスーツアクター業を引退した。

勤務先のボウリング場が閉鎖された後は、同社経営の麻雀店の店長などを務めた。

中島さんは、海外でも「ゴジラ俳優」としての知名度が高く「ミスターゴジラ」の愛称で親しまれた。
2011年には米ロサンゼルス市から市民栄誉賞を受賞している。
[ 2017年8月8日 10:29 ]

スポニチ
http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2017/08/08/kiji/20170808s00041000090000c.html

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中島春雄

中島 春雄(なかじま はるお、1929年1月1日 - )は、日本の元俳優、スーツアクター、スタントマン。愛称は春ちゃん。趣味・特技は水泳、潜水、スキューバ・ダイビング、柔道。 山形県酒田市出身。実家は肉屋で、五人兄弟の三男だった。水泳・素潜りが得意で、のちのゴジラ役では大いにこれが役立った。三男坊に家業は継げず、小学校卒業後に横須賀へ移る。 1943年(昭和18年)、14歳で横須賀の海軍航空技術廠の養成所に入る。養成員(予科錬)となり、発着機部(カタパルト担当)配属となる。円谷英二や有川貞昌と同じく、飛行機乗り志望だった。 1945年(昭和20年)、16歳。敗戦となり、実家へ戻る。家業を継いだ兄がまだ復員しておらず、肉屋を1年間手伝う。 1946年(昭和21年)、17歳。兄が復員したため、予科錬の同僚の紹介で、三沢飛行場で進駐軍の物資輸送トラックの運転手となる。 1947年(昭和22年)、18歳。進駐軍の仕事が横浜に移るが、トラックを速度超過運転してしまい、牢屋に留置された後、占領軍から解雇される。
wikipediaより

ゴジラ

ゴジラは、日本の東宝が1954年(昭和29年)に公開した特撮怪獣映画『ゴジラ』に始まる一連のシリーズ作品及び、それらの作品に登場する架空の怪獣の名称である。これら一連のシリーズ作品のことを「ゴジラ映画」と呼ぶこともある。 本項ではシリーズ作品全般についての解説を行う。個々の作品の詳細は後述のリストを参照のこと。 1954年に第1作が公開されて以降、半世紀以上にわたって製作されている怪獣映画。演技者がぬいぐるみ(着ぐるみ)に入って演じる手法を主体としており、この手法は以後、日本の特撮映画やテレビ特撮番組の主流となった。怪獣や怪獣同士の格闘のみならず、逃げ回る住民や攻防する軍隊等の周辺の人間描写も毎回描かれ好評を得ている。日本のみならず海外でも放映されて人気を呼び、ハリウッド・ウォーク・オブ・フェームに日本のキャラクターとしては唯一の例として登録されている。 ゴジラ映画の変遷 第1期・昭和ゴジラシリーズ = シリーズの特徴・経緯 = 1954年11月3日、特撮映画製作を熱望していたスタッフが、当時社会問題となっていたビキニ環礁の核実験に着想を得て製作した、第1作“水爆大怪獣映画”『ゴジラ』が公開される。
wikipediaより

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