ーー映画冒頭、空港で妻と別れる男がいる。
優しそうな顔の男だが、ちらりと映る腕時計は顔に似合わず大きくゴツい。
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ポール・グリーングラスという監督は、一貫してプロの職業人をテーマにした作品を撮り続けている。
彼の映画にはいつも、”完璧”なプロ達とそこに疑問を持つ人間が登場してきた、ここで言う”完璧”なプロとは、自分の仕事に一切の疑問がなく、常に冷静に仕事をこなす機械の様な人間のことだ。
『ボーン・スプレマシー』『ボーン・アルティメイタム』では、精密機械のような”完璧”なプロが登場する、ジェイソン・ボーンとゆかいな暗殺者達だ。彼らは人を殺す時に躊躇したり、動揺したり、後で後悔などしない、何故なら彼らが”完璧”なプロだからだ、”完璧”過ぎるが故に、彼らは自分の仕事に疑問を持たず、ただただ淡々と作業のように仕事をこなすのだ。ボーンシリーズはそういった”完璧”仕事人だった主人公ジェイソン・ボーンが、人間性を取り戻し、未だに疑問を持っていない同業の暗殺者達に問いかけて終わる。「あんたら、自分のやってる仕事に疑問をもたんの?」
『グリーン・ゾーン』ではWMD(大量破壊兵器)を探し続けるマット・デイモンが自分の仕事に疑問を持つ話だ、「もしかして、コレ、無いんじゃね?」
そして話は戻るが、『キャプテン・フィリップス』の話。
この物語には3人の重要な人物が登場する。
まずは、トム・ハンクス演じる主人公のフィリップス船長。
題名でも分かる通り船長だ、プロ中のプロ、海の男の中の海の男である。
海賊が自分のコンテナ船に接近して来ようが、動じず、淡々と対応する。メールで妻に泣き言を言うなんてもってのほかだ。何故なら彼はプロフェッショナルな船長だから。それは海賊が船を乗っ取ってからも変わらない。
もう一人は海賊だ、彼らはプロの海賊だが、元々は漁師であり、中途半端な存在だ、”漁師”と”海賊”という職業の間で揺れ動いている。
最後は泣く子も黙るSEALs。言語道断、問答無用のプロフェッショナル軍団の彼らには会話も通じない。
この3者間で物語は進行する。前半、救命艇へ移動するまでは、フィリップスと海賊のプロ対プロのスリリングな対決である。
しかし、これまでのグリーングラス作品同様、彼は作中のある時点で、プロフェッショナルから人間に変化する、その瞬間が、救命艇へ移った直後のシーン、海賊が「この船では俺が船長だ!」と主張するシーンだ。そこでやっとフィリップスは船長ではなくなる。
船長ではなくなった彼は一人の人間に戻り、それまではしなかった海賊との人間的な会話を試み、海賊は戸惑う、自分は漁師ではなかったのか、漁師から海賊へ超えてはならない一線を超えてしまったのではないか…。
興味深いのは、トム・ハンクスは『プライベート・ライアン』で、教師から軍人になり、軍人としてプロフェッショナルになるに従って、教師であった事を思い出せなくなるのを恐れる人間を演じているところだ。つまりこの海賊と同じ心境である。この辺りは非常に面白い。
そこにSEALsの登場である、ゴリゴリのプロフェッショナルマシーンである彼らに、半人間である海賊では到底かなわない。
今までの『ボーンシリーズ』『グリーン・ゾーン』などと、決定的に違うのが、機械的なプロフェッショナルとなることを今回は別に否定していないのだ、かといって肯定もしない。ただただ観察者的視点で描写はフラットだ。そういう意味ではアメリカ同時多発テロを題材にした『ユナイテッド93』のほうが立ち位置は近いのかもしれない。
ラストシーン、トム・ハンクスの会心的人間演技に対応する、軍医の機械的対応が心地よい。
世界はプロフェッショナルで回っている。(★★★☆)